もののけ姫でアシタカがサンに言った「生きろ、そなたは美しい」の意味について

もののけ姫の「生きろ、そなたは美しい」の意味について映画とか本とか

もののけ姫好きですか?僕はジブリ作品の中では3番目くらいに好きです。ちなみに1番は天空の城ラピュタ。

もののけ姫はジブリ作品の中でもメッセージ性が強くて分かりやすいのが良いのか、テレビで放送される回数が多い気がするんですよね。何回も観たけどやってたらつい観ちゃうっていう人も多いはず。僕に関してはつい観ちゃうとかじゃなくて、金曜ロードショーとかを何日も前から心待ちにして当日は正座してがっつり観てますがw

そんな、みんな大好きもののけ姫ですが、テレビで放送されたりするたびに「生きろ、そなたは美しい」っていう台詞の解釈について、ツイッターで盛り上がってたり、考察するブログの記事が書かれたりして毎回盛り上がっているようです。で、僕もいろんな人の「生きろ、そなたは美しい」の解釈についていろいろ見てまわって、僕はこう思ってたけどなーっていうのが言いたくなったのでこれを書いています。

なぜアシタカがサンに「生きろ、そなたは美しい」と言ったのか、僕の考えを結論から言うと

アシタカがサンのことを誰よりも調和が取れている存在だと思ったから

だと思います。

物語の中でアシタカの気持ちは人と自然の間で揺れ動き続けます。おっことぬしの死と呪いが人のせいによるものだと知れば人を恨み、過酷な環境でもたくましく生きているたたら場の人たちの生活にふれた時には、彼らに寄り添おうとしている風にも見えました。呪いを作った張本人であるエボシ御前を目前にして、口では罵るようなこと言いながらも、呪いの右手が彼女を殺そうと動いたときも理性で抑えてました。

人の生活のために神を殺す(動物や自然を壊す)のは良いことなのか悪いことなのかっていう問題でに直面して、その答えは分からないし、自分も不安定な状態になってしまって、人なのかそれとも「もののけの類」なのか、何が何やらもうわけがわからない…っていう状態で。

そこで出会ったのがサンだったと。サンは、少なくともアシタカにとっては、人と自然の真ん中にいる、とてもバランスの良い、調和の取れた存在に見えたんだと思います。だから美しい。いびつじゃないよっていう。

ただし、これは相対的な評価であって、あくまでもアシタカにとっては、という話です。たたら場の人達にとっては人間なのにモロ一族と暮らしているサンは理解できないし、モロにとってサンは「人にも獣にもなれない可哀想な子」。アシタカも周りがそういう風に感じているっていうのを分かっているからこそ、そしてなにより自分が本当にそう思ったからこそ出てきたセリフが「生きろ、そなたは美しい」だったんじゃないのかなと思います。いかがでしょうか。

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